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I like typo- & calli-graphy, language, translation, etc.

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-- whym

プロジェクト・グーテンベルクの強みは、アクセス可能な電子書籍を共有するという単純なヴィジョンが、当時利用できた技術によって直接的に実現できたということだった。(中略)

ただのプレーンなASCII (plain vanilla ASCII) という用語は、プロジェクト・グーテンベルクの文書のなかで、マントラのごとく繰り返し強調される。マイケル・ハート(訳注:創始者)はPDFやHTMLといった洗練されたテキスト表現形式に排他的に依存することに反対していることで知られていた。どの文書もほぼ例外なく、まずは「ただのプレーンなASCII」で提供されることが最低限必要であり、それから他の形式で補完してもよいというのが彼の主張だった。苛立たせられる人もいたが、こう強要することによって、プロジェクトが形式に関する終わりない議論に陥ることを防ぎ、成功を達成することができたのかもしれない。グーテンベルクの参加者の一人の言い方では、

プロジェクト・グーテンベルクの心臓部と精神はプレーンテキストファイルにある。このことは長年に渡って軽蔑され、ときには明らさまに攻撃された。醜いと言われたり、ローテクすぎると言われたりした。けれども、数ある電子書籍技術のなかで最終的に生き残り、さらには繁栄さえしたものがこれだったのはなぜだろうか。これまでの過程のなかで私はその粘り強さの価値を理解し、その内なる美の一端を知るようになった。本スレッドは、プレーンテキストに恋した人々のために捧げる。

Joseph Reagle (2010), Chapter 2 The Pursuit of the Universal Encyclopedia, CC-NC-SA 3.0

屈従せしめられた民衆のうめきを、とげのある皮肉にくるんで表白していったイエスのせりふは、いつのまにか高貴な倫理性の象徴にされてしまった。そしてその時に、キリスト教は支配階級のイデオロギーとなった。語られるのは同じ言葉である。しかしその言葉の発せられる位置と方向によって意味は逆になる。

イエスは言った。「権力者どもがやって来て、なぐりやがったら、もう一つのほっぺたも向けてやれ。しょうがねえんだよな。借金とりがやって来て、着ている上着まではぎとりやがったら、ついでに下着までくれてやれ。欲しけりゃ持ってきやがれってんだ」

説教者は言った。「君たち奴隷はですな、人になぐられても、怒らずに、敵をも愛して働かなければいけませんよ。上着を欲しいという人がいれば、下着も分けてあげるようになさい」

p.137、田川建三『イエスという男』(第2版)、2004年
A word without its source is like a cut flower. It’s pretty to look at for a while, but then it dies. It dies too fast. Erin McKean redefines the dictionary

悲しいのは、Appleが若い世代に対する悪い見本になってしまっていることだ。 若い世代というのは、Appleみたいに「ユーザーエクスペリエンス」をコントロールしたがってそうな、 TwitterやTumblrといった、比較的小さな会社のことだ。 彼らは、自由市場の不確実さよりも自分たちの品質管理のセンスのほうが優れていると思っている。 だから同じようなコントロールを掛ける。 Twitterでは、Twitterがパートナーとして指定したところのコンテンツしか表示できない。 どうやったらパートナーになれるかは、誰にもわからない。 誰にも見えないようにされている。

Tumblrはあるブラウザアドオンをおすすめしないと言い出した。 これを問題にするのはきっと、それなりの数のユーザーが使いたがったからこそだろう。 この決定は開発者だけじゃなくてユーザーまでも巻き込むことになる。 ユーザーを「教育」しなければならなくなる、というのが問題だと彼らは認めた。 あれ? これって聞き覚えがあるような……… ということで、最後には逆の結果に落ち着くだろう。 そうならなきゃならない

反インターネット
(1:58—) ……私たちウィキメディアのプロダクトは将来、すべてモバイルになる。ひとつ残らず、全部。いまやデスクトップというのは…… ありていに言って、絶滅寸前の恐竜だ。 / The future of all our products, every single thing here is on mobile, 100% and beyond. In fact, now desktops… you can basically consider it to be an extinct dinosaur, right now. —Brandon Harris, “Wikipedia programmer”, on a proposed Wikipedia interface, Athena

(1:58—) ……私たちウィキメディアのプロダクトは将来、すべてモバイルになる。ひとつ残らず、全部。いまやデスクトップというのは…… ありていに言って、絶滅寸前の恐竜だ。 / The future of all our products, every single thing here is on mobile, 100% and beyond. In fact, now desktops… you can basically consider it to be an extinct dinosaur, right now. —Brandon Harris, “Wikipedia programmer”, on a proposed Wikipedia interface, Athena

pdl2h:

inf:

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Lessig先生も頻繁に使っていた”abundance”って何か適切な訳語があるのだろうか。「豊富」「大量」じゃ意味が伝わらないと思う。OALDの”a large quantity that is more than enough”に適合する日本語ってあるかな。「充分過ぎる」?

「豊穣」はいかが?

後者は、「ぱんぱん」や「むっちり」?むっちりだと質になちゃうかな。

「豊穣」が近いかな。

「過剰」も近そう。

形容詞で言い換えてもいいなら「ありあまる」「富豪的」もありかと。

Linux はこうやって抵抗勢力を克服していった ── (Linuxの)コードを書いた人のほとんどは、プログラムを書くのが好きで、勝手に「よい」コードを書こうとする人たちだった。つまり、IT企業がまさに欲しがるような人材だ。彼らはやがてキャリアを積み、ああいった趣味的プロジェクトには少なくとも本職プログラマの仕事とおなじくらいの品質があるということをしかるべき人たちに説得できるか、そうでなければ、そういった製品を有無をいわせずに使わせられるようになった。結果として、IT業界でLinuxに慣れ親しんでいない人はもはや珍しいくらいだ。

ウィキペディアに対するアカデミアからの疑いの目は、だいたいのところその趣味的性格から来ている。ウィキペディアの寄稿者は高校生や大学生だったりするが、彼らがアカデミアに近づいていくにつれて、その神話を同じように打ち崩してくれるだろう。10年後にもウィキペディアが機能し続けているとしたら、重要な寄稿者の一部は、専門家になっているだろう。それこそ今のウィキペディアに欠けている人材であり、うまくいけば、彼らは今のウィキペディアにあるコンテンツと振る舞いの問題をなくしてくれるかもしれない。

「ウィキペディアへの寄稿を業績に含めてテニュアを獲得した教授」について / On Wikimedia blog » Tenure awarded based in part on Wikipedia contributions, Llywrch says