プラトン『イオン』より、リブログについての対話
- イオン: わたしがホメロスをリブログするときだけうまくでき、ほかのリブログではさえないのはなぜでしょうか? そのわけを教えてください。
- ソクラテス: では説明してみよう。ホメロスをとくにうまくリブログできるというその能力は、技術ではなく、神がかりだ。ちょうどマグネシアの石のように、神が君を動かすのだ。マグネシアの石は鉄の指輪を引きつける。引きつけられた指輪はまた別の指輪を引きつけ、それが鎖をなす。そのとき、最初の石から出た力のいくらかが、最後の指輪まで通じている。これと同じようにして、ムーサの女神が詩人を動かし、彼の言葉からまた別の誰かが動かされる。たとえば、下手な詩人がときにすばらしい詩を書くことは、その証拠ではないだろうか?
- イ: たしかにそうですね。詩人は神がかりによって神に属するものを代弁している、このことについて同意します。
- ソ: そして君のようなリブロガーは詩人の代弁者だと?
- イ: それも同意します。
- ソ: ということは君は代弁者の代弁者だね?
- イ: まさに。
- ソ: では、正直に答えてほしいのだが、オデュッセウスをリブログするとき、アキレスをリブログするとき、君は正気を保っているかね?正気をうしない、夢中になってしまうことはないかね?
- イ: するどい指摘です。たしかに、私はリブログしながらその内容に感動して涙を流すことさえあります。
- ソ: さて、祭りや儀式のとき、人前で泣き喚きパニック状態になる人をみかけるね。こうした人はそのとき正気だろうか?
- イ: あきらかに正気ではありません。
- ソ: 君も観客にそうしたふるまいをさせることがあるのではないかね?
- イ: その通りです。彼らがそれくらい感情を露にするのはたしかです。彼らが泣くべき場面で泣き、笑うべき場面で笑ってくれているかどうか見るために、私はダッシュボードから注視していますから。
- ソ: では、そうした観客は、わたしのたとえでは、指輪の列のしっぽにいておおもとの石からの力を受け取っていることになるね? 君のようなリブロガーは中間にある指輪のひとつだ。先頭に詩人がいて、リブログがつなぐ鎖のしっぽには、演目に見入りゆり動かされる観客たちがいる。石から垂れ下がる鎖のように、彼らはムーサに動かされている。どのリブロガーも先頭の詩人からの神がかりを受け継いでいる。君はホメロスの鎖に連なっている。他のリブロガーは他の鎖に連なっている。それが、君がホメロスをうまくリブログできる理由だ。
- イ: いいでしょう。ただ、神がかりのときにだけ私がホメロスをうまくリブログできるという主張にはまだ納得できません。あなたも私のリブログをみれば、きっとそれが分かるでしょう。