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-- whym

翻訳は、様々な意味で村上の作品を理解する鍵となる。 彼は一貫して日本の作家からの影響を否定してきた。 作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。 その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。 その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、 彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、 レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。 本の冒頭を英語で書き、それから日本語に翻訳し直すのである。 そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。 村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、 あたかも英語の原作から翻訳されたかのように読めることだという。

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

(Source: The New York Times)

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Lessig先生も頻繁に使っていた”abundance”って何か適切な訳語があるのだろうか。「豊富」「大量」じゃ意味が伝わらないと思う。OALDの”a large quantity that is more than enough”に適合する日本語ってあるかな。「充分過ぎる」?

「豊穣」はいかが?

後者は、「ぱんぱん」や「むっちり」?むっちりだと質になちゃうかな。

「豊穣」が近いかな。

「過剰」も近そう。

形容詞で言い換えてもいいなら「ありあまる」「富豪的」もありかと。

国民的な傾向として、日本人はめったに怒りを外に現わさない。一般庶民においてさえも、重大な威嚇の場合でも、あなたの御恩は決して忘れませんよ、そして、こちらも受け取っていただいたことに感謝します、というような微笑みの請け合いの形を取ることが多い。(これは私たちの語感では皮肉の意味に聞こえるかもしれない。しかし、それは婉曲的――忌むべき事柄をその本当の名で呼ばないというだけのことである)しかし、この微笑みによる言質はおそらく死を意味することになるのである。

As a national rule, the Japanese seldom allow themselves to show anger. Even among the common classes, any serious menace is apt to take the form of a smiling assurance that your favor shall be remembered, and that its recipient is grateful. (Do not suppose, however, that this is ironical, in our sense of the word: it is only euphemistic, —ugly things not being called by their real names.) But this smiling assurance may possibly mean death.

死生に関するいくつかの断想Bits o Life and Death

小泉八雲 Lafcadio Hearn 林田清明訳(引用者が一部改訳)

あまりも多くの災厄に襲われた日本の歴史から分かるのは、災厄のあとに大きな変化が起こるということだ。1923年の地震のあとには軍国主義が台頭した。第二次世界大戦敗戦と原子爆弾投下のあとには、平和な繁栄に邁進した。神戸の震災は日本に内向化を強いた。

この新しい災厄もやはり、日本という国の精神に大きな衝撃をもたらすだろう。災害に対する優れた対応能力と、彼らの禁欲さに対する諸外国の驚嘆とが、この国が求めてやまなかった自信を取り戻させるのかもしれない。原子力発電所運用の不手際に象徴される、秘密主義のシステムの失敗が、政治改革へとつながるのかもしれない。政府の放射線情報は信頼できると管氏が国民を納得させ、そうして津波被災者の飢えと寒さを和らげることができれば、日本を自由化しようとする彼の基盤が強固になる可能性もある。あるいは、すべてが悪い方へと進むのか。

賭け金は大きい。失意の国、日本は、機能障害を起こした政治機構を抱え、変化を求めてやまない。安全圏から見る限りでは、日本人は、このつらい局面を死と悲嘆のときではなく、再誕のときとして迎えてゆくように思えてならない。

日本の多頭蛇: 災厄は歴史を変えるか

(Source: economist.com)

Silent Recovery of Japan

In most parts of the world, the worst disasters never happen very frequently, except for Japan. We lived through two atomic bombings. Massive typhoons attack us almost every year. Severe earthquakes are not rare to us; we still remember Hanshin and Chuetsu vividly. All the worst disasters are neighbours to us here in Japan.

After every devastation, however, Japan rebuilds itself brilliantly. Silently and wordlessly, making just every possible effort.

Prime minister Naoto Kan, in his speeches, makes an impression that he is almost surrendering, expressing no leadership. Nothing surprising. Does anybody know a Japanese leader with any kind of leadership?

Japanese people haven’t asked for anything; every single one of us has worked hard and we’ve achieved what we’ve got right now. That is the way we build high-quality products, and we cultivate our hospitality.

The government is as untrustworthy as always. Mainstream media sensationalize the “national crisis.” Whereas, we tweet to encourage each other, we facebook to keep in touch with the rest of the world.

We will recover silently, so quickly that it will surprise the rest of the world.

Excerpt from We will recover silently (original title: 我々は音を立てずに復興する), written by Yuki Matsuoka, a photographer and an entrepreneur in Japan.

プラトン『イオン』より、リブログについての対話

  • イオン: わたしがホメロスをリブログするときだけうまくでき、ほかのリブログではさえないのはなぜでしょうか? そのわけを教えてください。
  • ソクラテス: では説明してみよう。ホメロスをとくにうまくリブログできるというその能力は、技術ではなく、神がかりだ。ちょうどマグネシアの石のように、神が君を動かすのだ。マグネシアの石は鉄の指輪を引きつける。引きつけられた指輪はまた別の指輪を引きつけ、それが鎖をなす。そのとき、最初の石から出た力のいくらかが、最後の指輪まで通じている。これと同じようにして、ムーサの女神が詩人を動かし、彼の言葉からまた別の誰かが動かされる。たとえば、下手な詩人がときにすばらしい詩を書くことは、その証拠ではないだろうか?
  • イ: たしかにそうですね。詩人は神がかりによって神に属するものを代弁している、このことについて同意します。
  • ソ: そして君のようなリブロガーは詩人の代弁者だと?
  • イ: それも同意します。
  • ソ: ということは君は代弁者の代弁者だね?
  • イ: まさに。
  • ソ: では、正直に答えてほしいのだが、オデュッセウスをリブログするとき、アキレスをリブログするとき、君は正気を保っているかね?正気をうしない、夢中になってしまうことはないかね?
  • イ: するどい指摘です。たしかに、私はリブログしながらその内容に感動して涙を流すことさえあります。
  • ソ: さて、祭りや儀式のとき、人前で泣き喚きパニック状態になる人をみかけるね。こうした人はそのとき正気だろうか?
  • イ: あきらかに正気ではありません。
  • ソ: 君も観客にそうしたふるまいをさせることがあるのではないかね?
  • イ: その通りです。彼らがそれくらい感情を露にするのはたしかです。彼らが泣くべき場面で泣き、笑うべき場面で笑ってくれているかどうか見るために、私はダッシュボードから注視していますから。
  • ソ: では、そうした観客は、わたしのたとえでは、指輪の列のしっぽにいておおもとの石からの力を受け取っていることになるね? 君のようなリブロガーは中間にある指輪のひとつだ。先頭に詩人がいて、リブログがつなぐ鎖のしっぽには、演目に見入りゆり動かされる観客たちがいる。石から垂れ下がる鎖のように、彼らはムーサに動かされている。どのリブロガーも先頭の詩人からの神がかりを受け継いでいる。君はホメロスの鎖に連なっている。他のリブロガーは他の鎖に連なっている。それが、君がホメロスをうまくリブログできる理由だ。
  • イ: いいでしょう。ただ、神がかりのときにだけ私がホメロスをうまくリブログできるという主張にはまだ納得できません。あなたも私のリブログをみれば、きっとそれが分かるでしょう。

The idea is like grass. It craves light, likes crowds, thrives on crossbreeding, grows better for being stepped on.

思想とは草のようなものだ。それは光を必要とし、群生を好み、交雑することによって繁殖し、踏みつけられるたびにより強靭に成長する。

Ch. 3 (p. 72), The Dispossessed by Ursula K. Le Guin / 『所有せざる人々』 佐藤高子訳 (p.99)

SEVEN SOCIAL SINS

七つの社会的大罪

The same fair friend wants readers of Young India to know, if they do not already, the following seven social sins:

同じ友人が Young India の読者に知ってほしいとして挙げたのが、次に記す七つの社会的大罪である。

  • Politics without principles
  • Wealth without work
  • Pleasure without conscience
  • Knowledge without character
  • Commerce without morality
  • Science without humanity
  • Worship without sacrifice

  • 理念なき政治
  • 労働なき富
  • 自制なき快楽
  • 人格なき学識
  • 道徳なき商業
  • 人間なき科学
  • 献身なき崇拝

Naturally, the friend does not want the readers to know these things merely through the intellect but to know them through the heart so as to avoid them.

当然ながらその友人が読者に求めるところは、知識としてこれを知ることだけではなく、心からそれを知ってそれを行わぬことである。

Young India, 1925年10月22日

Gandhi, “78. NOTES” in Young India, Vol. 33 (PDF) p. 135